買いと売りと待ち

酒田罫線法による操作を練習しています。基礎に10年、道具は生涯。

AI時代は個性の増幅装置

AIと一緒に何かを考えていると、出てくるアウトプットに自分の思考が増幅される事を実感する。

人の思考は無形で、言語化される事で初めて形となる。

 

以前書いた、マークダウンやObsidianによる思考の解放や脳の拡張と同じ感覚だ。だから、当然そうなるのかもしれない。

ただ、出来上がるものをAIと一緒に詰めていく作業そのものが、より強くそう感じさせるのだと思う。

まだAIチャットを調べものや単なる文章作成の道具として使っている人も多いと思う。

しかし、実際に自分の考えをぶつけて壁打ちをしていると、ただ作業を代行させているのとは全く違う感覚になる。

 

仕事でも相場でも、自分の頭の中にある段階では、考えはまだ曖昧なままだ。

どこまで細分化し、原因を整理し、特徴を掴むか。そこにはいつも言葉になる前のモヤモヤがある。

AIは、人間の思考とは全く違う方法で情報を利用している。

人間が何万年もかけて、生まれて、思いついて、伝えて、死んでを繰り返して培ってきた直感とは成り立ちが違う。

AIは、こうだから、あーだからと膨大な情報から高速に筋道を立てて答えを出してくる。

それなのに、AIを使って考えの拡張や整理をしていると、ふと自分の感覚と噛み合う瞬間がある。

「そうそう、自分はそれを言語化したかった」とアウトプットに繋がる時だ。

こういう時は、頭の中の霧が晴れてとてもスッキリした気持ちになる。

AIがゼロから勝手に何かを作っているわけでは無い。

元々自分の中にあった考えや問題意識が、AIと詰めていく過程で輪郭を持ち、何倍にも増幅されて返ってくる。

だから、元になる「自分の考え」や「日頃何を考えて行動しているか」が無いと、どれだけAIを使っても薄いものしか出てこない。

取り敢えず自分でやってみて、考えて、悩んだ蓄積があるからこそ、AIが出してきた答えに対して「これだ」と直感で判断が出来る。

兎に角、AIに与える情報はマークダウンで与え、整理させる。そして出てきたものを自分の直感で判断し、さらに詰めていく。

よくAIで人間の作業がいらなくなると言われるが、私には到底そうは考えられない。

かつて産業革命の時代にも、機械が人間に置き換わると言われていた時代があった。

しかし、機械が力を増幅させただけで、人間のやる事が無くなったわけでは無い。

AIも同じで、考える工程の多くを担える様になっても、最後に判断し、納得するのは人間である。

 

人間という存在は、そんなに単純では無いと思う。

 

この季節がきた。

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今年は、豊作の様子。

デカい松茸。

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先ずは松茸ご飯。

残りは、松茸鍋で頂く。本当はすき焼きが好き。

 

そう言えば、発泡酒がビールに。酒税変更の影響みたい。試飲をしていたので、頂く。

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薄いビールはあまり好きでない。

ビール苦手な人には良いかも。

平凡な頭脳の拡張方法


世の中では毎日のように、新しいAIモデルが登場しただの、どこそこの性能テストで世界最高スコアを更新しただのといったニュースが飛び交っている。開発企業同士の競争は過熱する一方だが、正直なところ、私にはそうした騒ぎがあまり響かない。実のところ、その競争自体がサービス向上とユーザー利用拡大恩恵だと考えている。

最先端の研究者や専門のエンジニアならともかく、私のような非エンジニアの一般ユーザーからすれば、現在出回っている主要なAIは、どれを使ってもすでに十分に合格点に達している。文章を書かせても、日頃の疑問を調べさせても、体感としての差などほとんど感じられない。どれを使っても賢いし、こちらの期待にはしっかりと応えてくれるからだ。小数点以下のベンチマークの差を競い合っているのを見ても、どこか遠い世界の出来事のように見えてしまう。

ワタシ的には個人で契約するなら、ChatGPTかGoogle AIがおすすめ。どちらも汎用的で、画像も生成できグーグルならGメールやグーグルフォト、グーグルカレンダーと連携でき、ドライブ容量もアップできる。

Claudeは、ドキュメントやコーディングに優れていると言われていたが、それほど差はないと思う。

私自身は、仕事でClaude、個人的にはGoogle AI Proを使っている。

私にとってAIを使う最大の恩恵は、知能の高さを競わせることではなく、「自分の考えの幅がぐっと広がること」にある。

ひとつの物事に向き合っているとき、人間はどうしてもこれまでの経験や個人的な思い込みに囚われてしまい、思考が狭い袋小路に入り込んでしまう。そんなときにAIを相手にして壁打ちをしてみると、自分では思いつきもしなかった角度からの視点や、まったく別の選択肢をさらりと返してくれる。感情に流されず、合理的で無駄のない筋道で物事を進めたいとき、これほど頼りになる相談相手はいない。

だからこそ、モデルの細かいスペックに一喜一憂するよりも、目の前にある道具を使ってどうやって自分の視野を広げるかの方が、よほど生産的だと思ってきた。

けれど、そんな「どれを使っても大差ない」と思っていた世界の中で、最近、根本的に次元の違う変化を感じる出来事があった。

それは、頭脳の賢さの違いではない。AIが「画面の上で相談に乗ってくれるだけの対話相手」なのか、それとも「自分のパソコンの中で直接手を動かしてくれる自律型のエージェント」なのかが実は決定的な違いだと思う。

その差を最もわかりやすく実感させてくれたのが、通常のClaudeと、ターミナル上で動くClaude Codeの存在だった。内部で動いている頭脳(言語モデル)はどちらも同じだ。使われている知識や推論能力に大きな隔たりがあるわけではない。けれど、その「あり方」と「立ち位置」が、根本から違っていたのだ。

通常のClaudeは、ブラウザやアプリの画面の向こうにいる、極めて優秀なアドバイザーだ。文章の推敲を頼めば流麗な文章を返してくれるし、アイデア出しを求めれば何十個もの切り口を瞬時に並べてくれる。プログラミングの相談をすれば、綺麗なコードの断片を教えてくれる。

けれど、生成AIは、どこまでいってもクラウドの向こう側の部屋に閉じ込められている。私のパソコンの中にあるローカルファイルを直接覗き見ることはできないし、自らキーボードを叩いてフォルダの中身を書き換えてくれるわけでもない。

たとえば、プログラムにバグが出て動かない場面を想像してみてほしい。通常の対話型AIを使う場合、まず人間がエラーログを画面からコピーし、原因のありそうなファイルをエディタで探し出して開き、そのコードをチャット欄に貼り付けて「直して」と頼む。AIは親切に修正案を提示してくれるが、そこから先はすべて人間の手作業だ。画面上の修正コードをコピーし、エディタに戻って貼り付け、ファイルを保存し、自分でテストを実行する。もし別のエラーが出れば、またそのログをコピーしてチャット欄へ戻る。

頭脳がどれほど優秀であっても、実際に手を動かして往復の汗をかいているのは、いつだって人間側なのだ。

一方で、エージェントAIと呼ばれるものは、まったく異なる地平で動いている。

ターミナルという黒い画面の中で起動するClaude Codeは、私のパソコンというローカル環境に直接足を踏み入れてくる。ファイルへのアクセス権を持ち、ディレクトリの構造を自律的に探索し、複数のファイルを横断して読み込み、直接編集して保存する権限を持っている。

ここでの指示は、「テストが落ちている原因を調べて修正して」と一行投げるだけでいい。あとはすべてAIが自分でやる。エージェントは自分でフォルダの中を検索して関連するファイルを見つけ出し、エラーログを読み解き、原因箇所を特定し、ファイルを直接書き換えて修正し、その上で自動的にテストコマンドを走らせて「直りました」と報告してくる。

人間はチャット欄とエディタを往復してコピペを繰り返す必要がない。椅子に深く腰掛けて、画面の上でカタカタと勝手に進んでいく作業のログを眺めているだけでいいのだ。これはもう単なる「相談役」ではない。こちらの指示を受けて現場に駆けつけ、道具箱を開けて作業を終わらせてくれる、優秀な職人であり相棒そのものだ。

「ターミナル」とか「コードの修正」と聞くと、いかにもプロのプログラマーだけに関係のある話のように聞こえるかもしれない。けれど、非エンジニアの私にこそ、この違いは強烈に響いた。

コードの細かな文法やコマンドの打ち方を熟知していなくても、「何をしたいのか」「どういう形にしたいのか」という目的さえ言葉にできれば、あとはエージェントが自律的に周囲の環境を調べ、手順を組み立て、エラーが出れば自分で試行錯誤しながらゴールまで走りきってくれるからだ。

相談に乗ってもらうだけなら、これまでのチャットAIで十分だった。けれど、日々の生活や仕事の中で何かを形にしようとするとき、私たちは「考えること」と同じくらい、「実際に手を動かして作業すること」に膨大な時間とエネルギーを奪われている。

エージェントAIの真の価値は、その泥臭い実作業そのものを引き受けてくれる点にある。考えるための道具から、手足となって動く道具へ。この一線を越えたとき、AIは単なる便利な話し相手から、日常の課題を合理的に解決するための本物のエージェントになったのだと思う。

黒い画面の中で、指示した作業の完了を告げる短いメッセージが表示される。

世間のAI競争を見ていると、まるで「誰が一番物知りか」を競い合うクイズ大会のように思えることがある。けれど、私たちが本当に求めていたのは、頭の良さを誇示する評論家ではなく、隣で黙々と手足を動かしてくれる実務家だったのではないか。

画面の向こう側の会話を眺めるのをやめ、作業が完了したローカルのファイルを静かに開いてみる。そこには、私が一行もキーボードを叩いていないのに、思い描いていた通りの形へと端正に整えられた成果物が、確かにアウトプットされている。

 

情報の輪郭

通勤や作業中のBGMはいつの間にか、youtubeでお気に入りの曲を聞くことが多くなって振り返ってみる。

インターネットがこれほどまでに普及した時代に生きていることのありがたさを、ふとした瞬間に実感することがある。

昔なら考えられなかったことだ。まだ世の中にネットがなかった頃、何か少しでも専門的なことや、ニッチな趣味の事柄について知ろうと思えば、途方もない手間と時間がかかった筈だ。

例えば、読みたい本を探すためには大きな書店の専門書コーナーを歩き回り、図書館のカードをめくり、場合によっては遠方の古書店に問い合わせて本を取り寄せる。そうやって何週間もかけて、ようやく一行か二行の断片的な手がかりに辿り着くのが当たり前だったんだと思う。

また、音楽でもお気に入りのアルバムを探すには、自分はタワーレコードの大型店に行って、視聴して回っていたのを思い出す。久しぶりに行くときなどは1時間ぐらいお店にいたものだ。

それに比べれば、今の世の中の便利さはまるで魔法のようだ。

 

何より素晴らしいのは、どれほど個人的でニッチな嗜好であっても、それにまつわる膨大な情報が驚くほど簡単に集まることだ。古い道具の手入れの仕方、マイナーな歴史の記録、知る人ぞ知る山あいの湯治場の様子。かつてなら一部の好事家や愛好家の間だけで静かに共有され、やがて忘れ去られていったような細やかな知恵や経験談が、検索窓にいくつかの単語を打ち込むだけで、一瞬にして目の前に広がる。同じ関心を持つ見知らぬ誰かが、世界のどこかで書き残してくれた貴重な記録に、指先ひとつの操作で触れることができるのだ。

しかも、それがほとんどお金をかけずに手に入る。昔であれば高価な専門誌を毎月買い揃えたり、分厚い百科事典や事典を購入したりしなければ得られなかった知識が、低料金、あるいは実質無料で手元に届く。通信回線の整った環境さえあれば、自宅の書斎にいようが、旅先の駅のベンチにいようが、あるいは真夜中の布団の中にいようが関係ない。思い立ったその瞬間、いつでも、どこにいても世界中の知の集積にアクセスできる。この恩恵は、どれだけ感謝してもしきれないほど大きなものだと思う。

画面の向こうに流れる無数の文字列を眺めていると、ふと奇妙な考えが頭をよぎることがある。そもそも、私たちが「現実」と呼んでいるこの世界は、所詮すべて情報でできているのではないか、ということだ。

目の前にある机や椅子、壁、あるいは通りを行き交う車や人間といった「物体」すら、突き詰めてしまえば、網膜が受け取った光の反射や波長という視認情報のひとつに過ぎない。手で触れたときに感じる木の硬さや、金属の冷たさも、皮膚の受容器が電気信号に変えて脳に伝えた触覚情報だ。私たちが「確かにそこにモノが存在している」と信じ込んでいる根拠は、五感を通じて脳に届けられる膨大な情報の束そのものに他ならない。

そう考えてみれば、インターネットの画面を通じて送り届けられてくる文字や画像も、現実の風景と本質的には何も変わらない。世界そのものが情報の織物である以上、ネットの海に漂う無数のデータもまた、現実の確かな断片なのだ。私たちは今、かつてないほど濃密な「世界の構成要素」に直接触れながら暮らしていると言えるのかもしれない。

しかし、その果てしない便利さと全能感のすぐ裏側には、底知れない落とし穴が口を開けている。情報があまりにも手軽に、そして無尽蔵に手に入るようになったからこそ、私たちは「本当に大切な情報」をいともあっさりと見失ってしまうのだ。

画面を開けば、アルゴリズムが計算し尽くした刺激的な見出しや、誰かの怒りや不安を煽るような言葉、見知らぬ他人のどうでもいい噂話が、津波のように押し寄せてくる。それらを無意識に目で追っているうちに、あっという間に三十分、一時間が溶けていく。情報は無限に増殖し続けているが、それを受け止める私たち自身の時間も、集中力も、精神の器も、最初から厳密に有限なのだ。

次から次へと流れてくる強烈な刺激に目を奪われ、他人の感情や流行の波に流されているうちに、自分が本当に知りたかったことは何だったのか、自分自身の人生にとって真に必要な情報は何だったのかという根本的な問いが、濁流の中に押し流されて見えなくなってしまう。情報に囲まれて豊かになったはずなのに、気づけば頭の中が雑音で埋め尽くされ、かえって大切な判断力や直感を鈍らせてしまう。これほど皮肉なことはない。

だからこそ、この情報の洪水の中で生きていくためには、何よりもまず「自分を持つこと」が不可欠になるのだと思う。

自分は何を軸にして立っているのか。何を良しとし、何を必要としないのか。自分自身の価値観や判断基準という確かな骨組みがなければ、外から押し寄せる声の大きさや、もっともらしい数字の羅列に、簡単に足元をすくわれてしまう。

日頃の生活でもそうだし、相場の世界でもまったく同じだ。相場を見ていると、毎日無数のニュースやアナリストの強気・弱気の予測、ネット上の派手な売買報告が飛び交っている。それらを真に受けて右往左往していれば、あっという間に自分の立ち位置を見失い、資金も神経もすり減らしてしまう。勝つために必要なのは、他人の騒ぎ立てる情報ではなく、自分が積み重ねてきた確かな観察と、定位置を守る規律だけ。

大切なのは、情報を決してありがたがったり、絶対的な正解のように思い込まないことだ。情報はどこまでいっても、ただの「ツール(道具)」に過ぎないと割り切る。包丁や金槌と同じだ。道具はこちらの手でしっかりと柄を握り、自分の目的に合わせて使いこなすからこそ価値がある。道具に振り回されて自分の手を切ってしまっては、どれほど便利な道具であっても意味がない。

必要なときにだけ手を伸ばして取り出し、役目が終わればさっと仕舞う。画面を閉じれば、そこには何の加工もされていない、自分自身の静かな呼吸があるだけだ。道具の主人はどこまでも自分自身であり、情報はその従者に過ぎない。その冷徹なまでの割り切りがあって初めて、私たちはインターネットという巨大な恩恵を、真に自分の力として生かすことができるのだと思う。

パソコンの画面を静かに閉じる。ファンの微かな回転音が止まり、部屋の中にすっと夜の静けさが戻ってきた。

窓の外に目をやると、街灯の淡い明かりの下で、秋の夜風に街路樹の枝が静かに揺れている。画面の向こうに渦巻く何千万もの情報よりも、いま手元にある湯呑みの温もりや、自分の足がしっかりと床を踏みしめている感覚の方が、ずっと確かで、ずっと重い。

明日もまた、何かの調べ物のためにネットを開くだろう。けれど、その前にまず自分の真ん中にしっかりと重心を置いておきたい。道具を道具として使いこなすために。自分の足で、自分の現実を歩いていくために。

 

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市の公園近くに出来たピザ屋が美味い。

食事ではなく、おやつだけど。

 

※最近の記事は、感じた事をAIで整理し、一緒に作成しています。ふと、思いついた事をメモして整理してもらい、記事にすることで忙しい毎日でも記事を書ける事ができています。

霊泉寺温泉

信州の温泉といえば、別所や野沢、白骨、渋といった名だたる名湯が真っ先に思い浮かぶ。名だたる温泉は、もちろん間違いない。

でも、名だたる温泉以外でも、名湯なのに有名でない温泉地もある。

今回はそんな温泉地で以前から、私の頭の片隅にずっと引っかかっていた小さな温泉があった。長野県上田市の山あいに佇む「霊泉寺温泉」という。名前だけ聞けば山寺の宿坊のようだが、平安の昔から続く古い湯治場なのだそうだ。

一般的な観光案内を開いても大きく取り上げられることはまずない。ネットで調べてみても、数軒の木造旅館と共同浴場があるきりだと書かれている。派手な観光ホテルがあるわけでもなく、土産物屋が並んでいるわけでもない。世間の賑わいからすっかり取り残されたような佇まいに、私はどうしようもなく惹かれていた。お盆に長野県へいった際、ついに行くことができた。

上田から松本に向かう道で山あいに差し掛かるにつれ、内村川が車窓の脇を流れるようになる。この街道の先には、信州でも有数の知名度を誇る「鹿教湯温泉」がある。文殊菩薩が鹿の姿となって猟師に教えたという伝説を持ち、古くから湯治場として栄えた名湯だ。今では立派なホテルや旅館が立ち並び、大規模なリハビリ専門の温泉病院まで備えている。病気や怪我の療養だけでなく、静かな保養地として多くの人が訪れ、街道沿いには大きな看板や駐車場、食事処が整っている。いわば、この地域の堂々たる主役だ。

だが、目指す霊泉寺温泉は、その鹿教湯温泉のほんの手前にある。国道沿いにひっそりと立つ「霊泉寺温泉入口」という小さな看板を見落とさずに折れると、風景は一変した。快適なバイパスから、車一台が通るのがやっとの細い山道へと急激に道幅が狭まる。両脇から木々が覆いかぶさり、昼間だというのに薄暗い。ガードレールの向こうには霊泉寺川の渓流が流れ、岩肌を噛むような深い水音が響いていた。対向車が来たらどこで待避しようかと、ハンドルを握る手に少し力が入る。観光地へ向かっているというより、山奥へと迷い込んでしまったような感覚だ。「本当にこの道で合っているのだろうか」と心細くなりかけた頃、前方に木々のトンネルが抜け、ふっと視界が開けた。

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山の懐に抱かれた小さな平地に、数軒の木造建築が寄り添うように固まっていた。それが霊泉寺温泉の全景だった。車を降りて足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が一段低く、静まり返っているのが肌でわかる。自動販売機がぽつんと置かれているくらいで、昭和の湯治場をそのまま切り取ったような佇まいだ。細い坂道の両脇に建つ木造宿は、長年の風雨で深い飴色に染まった格子戸や板壁を持ち、過剰な装飾を削ぎ落とした美しさがある。観光客の歓声や車の音は一切なく、ただ谷川の音と山鳥の声だけが降ってくる。まさに秘境温泉と呼ばれるにふさわしい、静謐な空気が漂っていた。

温泉街(といっても4軒しかない)の手前にこの温泉の名の由来となった古刹、「霊泉寺」が静かに佇んでいた。

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石段を上がると、境内の中央に樹齢七百年を超える大欅(けやき)がそびえ立ち、青々とした葉が空を覆っている・・・はずだったが、大欅はすでに根本の部分しかない。後で調べたら、平成21年に倒木してしまったそうだ。

 

しかしながら、木漏れ日が苔むした石段に落ちるさまを眺めながら、この地の歴史に思いを馳せた。

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霊泉寺温泉の始まりは、平安時代の安和元年(968年)に遡るという。有名な伝説に、平維茂による「戸隠の鬼女紅葉討伐」がある。勅命によって鬼女紅葉を討った平維茂は、激しい戦いで矢傷を負った。その傷を癒やすために立ち寄ったのが、この山あいに湧く湯だったと伝えられている。湯に浸かることで傷は平癒し、その地に建てられたのが霊泉寺であり、境内に湧く湯だからこそ「霊泉寺温泉」と名付けられた。正真正銘の「寺湯」なのである。武田信玄の隠し湯としても重宝され、明治の大火を経ても、素朴な湯治場として守り継がれてきた。鹿教湯が大規模に発展したのに対し、霊泉寺はその小さな輪郭を崩さぬまま、千年の時間を渡ってきたのだ。

集落の中心に戻ると、坂の途中に飾らないコンクリート造りの平屋が建っている。霊泉寺温泉の共同浴場だ。地元の住民が日常的に通い、訪れる旅人にも分け隔てなく開かれている、集落の心臓部のような場所である。

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引き戸をガラガラと開けると、すぐに小さな番台と料金箱があった。

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料金は二百円。小銭を入れ、履物を下駄箱に収める。番台には誰もおらず、木製の古い長椅子と、壁に掛けられた古びた温泉分析表があるだけだ。脱衣所には鍵付きロッカーなどなく、使い込まれた脱衣カゴが棚に並んでいる。服を脱ぎ、ガラス戸に手をかける。カチャリと戸を開けた瞬間、生温かい蒸気とともに、微かな石膏と硫黄の混じり合った独特の香りが鼻腔をくすぐった。土の奥深くから吸い上げられた大地の息吹を思わせる、懐かしく優しい匂いだ。

浴室の中央には、大人四、五人が入ればいっぱいになる石造りの浴槽がひとつ、静かに据えられていた。タイル張りの床と、数基の素朴な洗い場があるだけだ。そして何より目を奪われたのは、浴槽を満たす湯の透明度だった。底の青みがかった石の目までが一寸の狂いもなく透き通り、湯口から注がれる湯の波紋が広がっている。浴槽の縁からは、溢れた湯が絶え間なく床へと滑り落ちていく。加水も加温も循環も消毒もない、完全掛け流しだ。

体を洗い、手桶ですくった湯を肩にかけると、肌に触れた瞬間の違和感のなさに驚かされた。

ここは、ぬる湯と聞いていたが、真夏は外気温に影響され、ものすごく感じるそうだ。逆に真冬は、ぬるく感じるそう。

 

先客に、地元の方と思われる初老の男性が一人、湯船の隅に寄りかかって目を閉じていた。会釈をすると、小さく頷くだけで言葉は交わさない。湯口から落ちる柔らかな水音と、私たちが身じろぎするたびに起きる波の音だけが、高い天井の浴室に小さく反響している。

窓の外には裏山の木々の緑が揺れていた。普段、街の中にいると、私たちは常に過剰な情報や音に囲まれている。だが、この小さな湯船に身を置いていると、余計なノイズが綺麗さっぱり削ぎ落とされて心地よい脱力感だけが深まっていく。毛穴が開き、体の中に溜まっていた澱が溶け出していく感覚。目を閉じていると、自分の身体と湯との境目があやふやになり、ただあたたかい液体の一部になって漂っているような錯覚に陥る。

ふと、手前に通り過ぎてきた鹿教湯温泉のことが頭をよぎった。鹿教湯は素晴らしい温泉地だ。多くの人を迎え入れ、立派な施設で治療を施し、地域の観光と経済を支えている。看板を掲げ、発展していくことは、世の中において自然で正当なあり方だ。

けれど、そのすぐ隣で、目立つことを選ばず、宣伝もせず、ただひっそりと谷底に籠もり続けてきた霊泉寺温泉の姿に、私はより深い敬意を抱く。

世の中では、どうしても声の大きいものや派手なものばかりが注目される。数字の大きさやスピードばかりが競われ、目立たないものは軽視されがちだ。相場の世界でもまったく同じことが言える。激しく値が動き、話題をさらう銘柄には資金が集まるが、そうした派手な熱狂は往々にして短命だ。

本当に価値のあるものは、往々にして目立たない場所にある。流行に迎合せず、定位置を守り、当たり前のことを積み重ねる。この霊泉寺の湯のように、千年もの間、同じ温度で湧き続けてきた事実。それこそが何よりも強く、美しい。目立たないからこそ、守られてきた純度があるのだ。

谷底にあるこの集落は日の入りが早い。山肌に落ちる影が濃くなり、木々の緑が一層深い色へと沈んでいた。湯上がりの肌に触れると、驚くほどさらりとしていてべたつきがない。それでいて体の奥深くにじんわりとした熱の塊が確かに残っている。石膏泉の保温効果は本物だ。

共同浴場の向かいの宿から、夕餉の支度をする美味しそうな匂いが漂ってきた。煙突から細い煙が立ち上り、青い空へと吸い込まれていく。華やかな歓楽街などどこにもない。けれど、ここには人間が本来持っているはずの、素朴で健やかな営みのリズムが息づいている。

駐車場へ戻り、車の運転席に座る。エンジンをかける前に窓を全開にして、山あいの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。土と落ち葉の匂い、そして微かな温泉の香りが混ざり合った、澄んだ風。「また、来よう」と小さく声に出してみた。

日々の生活で心がささくれ立ちそうになった時、あるいは世間の喧騒に呑まれそうになった時、この谷底の湯を思い出せばいい。誰にも知られずとも、ただ黙々と良い湯を湛え続けている場所がある。その事実を知っているだけで、これからの日常を少し背筋を伸ばして歩いていける気がした。

車をゆっくりと発進させ、曲がりくねった山道を下る。バックミラーの中で、小さな湯治場が、木々の向こうへと静かに隠れていった。

夏は熱すぎて、子供は湯舟に浸かれないし、シャワーもない。勿論現代の清潔感もなく、素朴な温泉。

泉質は間違いない。そしてパワースポット的ななにかを感じる。鹿教湯もあるので、ハシゴをしてもいいと思う。

そして、これは後で調べたらわかったのだけど、武者小路実篤が霊泉寺温泉によく滞在していたそうです。中屋旅館という場所で、今もあります。

個人的には、高校1年生の時に、とあることで入院したのですが、その時に叔母がお見舞いに持ってきた「友情」を読み、衝撃を受けたのを思い出す。

 

夏の練習

長女が4月にソフトテニス部へ入部した。思ったほど部活の練習がないみたいなので、土日はコートを予約して、朝一、二時間ほど練習に付き合っている。ラケットとボールを車に積み込み、着いたらまず準備体操とランニングから。特に夏休みに入ってからの、ちょっとした習慣になりつつある。

 

娘は全くの初心者ではない。ただ、まともに試合ができるレベルにはまだ程遠い。フォームは固まっていないし、狙ったところにボールが飛ばない。左右に振られると足がついていかず、体勢を崩したまま無理に打ち返して、ボールはあらぬ方向へ。それでも先週空振りばかりだったフォームが、今週は半分くらい枠に収まるようになっていた。地味だけど、確実に上手くなっている。

 

ミスをしたときの反応も変わってきた。最初の頃はなぜ打てないのか?全くわからない様子だったが、最近は何が悪いのか気づくことがあるみたいで、自分でブツブツ言っている。でも解決には至っていない様子で、次のボールでも同じ様なことが起こる。でも、こういうのが大事で、練習の醍醐味であるとおもう。技術より先に、こういう部分が育っている気がする。

 

同じ一年生で、やる気のある子がもう一人一緒に練習している。同級生は五人いるらしいが、土日にわざわざ自主練習に来るのはその子だけ。残り四人は部活の時間だけで、自分から出てくることはないそうだ。

 

その子とは、ラリーの練習相手にもなっている。二人でネットを挟んで球を打ち合う様子を見ていると、実力はまだ拮抗しているものの、粘り強さでは相手の子の方が一枚上手に見える。娘もそれを分かっているのか、負けず嫌いを発揮して長く続けようとする。ライバルがいるというのは、それだけで練習の質を変えるものらしい。

 

これ、自分の高校時代とまったく同じだった。実力より先に、やる気のあるなしで差がつく。技術は後からいくらでも伸ばせるが、やる気だけは他人がどうこうできない。当時の顧問が「才能より先に、来る奴が伸びる」とよく言っていたのを、今になって思い出す。当時部活は、同学年では9人いたが、二人は辞めて、結局残りの7人だけが後に残った。娘がやる気のある子と一緒に練習できているのは、単純に運が良かっただけかもしれない。

 

球出しをしていると、フォームの癖もだんだん見えてくる。テイクバックが遅れて、ボールに押し負ける。分かっていても、口で言うだけではなかなか直らない。何度も同じ球を出して、体で覚えるまで付き合うしかない。「もう一本」「もう一本」と繰り返すうちに、娘の方が先に音を上げることもある。

 

先日、娘が「試合に勝ちたいから、試合がしたい」と言い出した。気持ちは分かるが、順序が逆だ。練習でできないことは、試合でもできない。そう伝えると、「でも試合に出ないと強くならないじゃん」と食い下がってきた。基礎ができていない状態で試合数だけ重ねても、悪い癖がつくだけなのだが、何度言葉を変えても、まだ腑に落ちていない顔をしている。これはきっと、自分で壁にぶつかって初めて分かる類のことなんだと思う。教えて分かるものと、経験しないと分からないものがあって、これは後者。仕事でも似たようなことがよくある。手順を飛ばして結果だけ欲しがる人に、いくら理屈を説明しても伝わらない。結局、自分で一度失敗してみるしかないのだと思う。娘の場合も、多分そうなる。

 

朝七時から九時、みっちり二時間動くと、午後は異様に眠くなる。八時を過ぎる頃にはもう汗だくで、持参した麦茶の入った水筒が足りない。終わって帰ってシャワーを浴びて、床に寝転がった瞬間、意識が飛びそうになる。以前ならこれくらいで疲れることはなかったはずなのに、と思いながら、素直に齢を感じている。娘の球出しをしているだけなのに、翌日は脚が張っていることもある。

 

コートには親子でやっている人は少い。ソフトテニス自体の人口が少なく、ほとんどが硬式テニスのどこかの同好会が多い。朝、日差しが強くなる九時前には切り上げて、あとは家で麦茶を一気飲みするのがお決まりのコースになっている。

 

一方で、思わぬ発見もあった。社会人になってから始めたスキーのおかげで、テニスの安定感が明らかに上がっている。踏み込んだときの重心の落とし方や、切り返しの体重移動が、以前よりスムーズになっている感覚がある。畑違いのスポーツだと思っていたが、体の使い方はどこかでつながっているらしい。

以前なら体勢を崩して空振りしていたような球でも、しっかり足を運んで踏み込めている。スキーでコブ斜面を滑るときの、膝を柔らかく使って衝撃を吸収する感覚や足裏全体で身体の体重移動をする感覚が、どこかでつながっている気がする。子供の頃からテニスをやっていたわけではないので、こういう発見は素直に面白い。もともとは娘の球出し要員のつもりで自分のラケットを引っ張り出しただけだったが、いつの間にか自分の方が真剣に打ち返すようになっていた。道具は非常に大切だと考えているタイプなので、グリップの巻き替えは頻度が高い。

 

娘の練習を見ながら、結局は自分の体の使い方を見直す夏になっている。球出しをしながらふと自分のフォームを見直したり、娘に説明しようとして自分の理解が曖昧だった部分に気づかされたりもする。人に教えるというのは、自分の中の分かったつもりを一度分解する作業なんだと思う。教えているつもりが、案外こっちの方が学ばされているのかもしれない。

 

部活の顧問の先生は、経験者のようだが、普段はあまり練習に顔を出さないようだ。娘の練習に対する態度や球拾いへの姿勢が全く出来ていない。学校の練習だけでは、どうしてもそういう雰囲気を経験することができない。特に女子はコツコツ真面目にやらないと上達しないと思う。個々の課題に付き合えるのは、家庭の側でしかできないことなのかもしれない。

 

この夏の練習が娘にとってどんな実りになるのかは、まだ分からない。試合に出られるレベルになるまでには時間がかかるだろうし、「練習でできないことは試合でもできない」に心から納得する日がいつ来るのかも分からない。秋の新人戦あたりで一度壁にぶつかって、そこで初めて腑に落ちるのかもしれない。それならそれでいい。先回りして答えを教えるより、時間がかかっても自分で気づいた方が、結局は長く残る。子育てというより、これはもう指導そのものの話だなと、球出しをしながらぼんやり思うことがある。

 

あと一ヶ月足らずで夏休みも終わる。土日にコートを予約して付き合えるのも、今のうちだけかもしれない。だとしたら、この夏の二時間は、思っている以上に貴重な時間なんだろう。娘のサーブがどこまで枠に収まるようになるか、自分の膝がどこまでもつか。両方とも、楽しみにしておこうと思う。夏休みが終わった頃、この記事を読み返して、答え合わせをしてみるのも悪くない。

写真はまた今度。

初めての娘の手料理

夏休みも折り返しに差し掛かった頃、中学1年生の娘が「家庭科の課題をやる」と言い出した。メニュー決めから調理、そして出来上がるまでの過程をレポートにまとめる、という夏休みならではの宿題らしい。「へえ、何を作るの?」と聞くと、娘はすでにプリントに計画を作成していたのを見せてくれた。事前にスマホでレシピをいくつか見比べながら、決めたようだ。その姿を見て、これはただの宿題ではなく、娘にとって初めての"自分だけの台所仕事"になるのだろうと、少し楽しみな気持ちになった。

 

数日悩んだ末に決まった献立は、白米、小松菜の味噌汁、オクラのおかか和え、そしてナスの生姜焼き。決して手の込んだ豪華な料理ではない。けれど、汁物・和え物・主菜と、栄養バランスや調理の工程まできちんと考えられたラインナップに、娘なりの誠実さがにじんでいた。奇をてらわず、自分にできる範囲でしっかりと組み立てる。その堅実さは、思いのほか娘らしいと感じた。

 

当日、台所に不慣れな手つきで立つ娘を横目に、私は少しだけ身構えていた。まな板の位置を直したり、鍋の火加減を気にしたり、口を出したくなる場面はいくつもあった。が我慢、我慢。特に味噌汁の下ごしらえをしている娘に、私はつい助言をしてしまった。「油揚げも入れると美味しいよ」。良かれと思っての一言だったのだが、返ってきたのは「面倒だからいらない」という、にべもない返事だった。思わず苦笑いしてしまったが、よく考えればこれは娘なりの選択だ。手間を惜しむこと自体は、決して悪いことではない。自分の献立に、自分の判断で線を引く。小さなことだけれど、そこには「自分のやり方でやる」という意思がはっきりと表れていた。手伝いすぎず、口を出しすぎず見守ることも、この課題における親の役割なのかもしれないと、静かに思い直した。

 

一番ヒヤヒヤしたのは、やはり包丁を握る場面だった。ナスを刻む手つきはまだぎこちなく、刃先が指先すれすれを通るたびに、こちらの肩に力が入った。何度も「危ないよ、気をつけて」と声をかけそうになるのをぐっとこらえた。それでも娘は、真剣な顔で手元をじっと見つめながら、一つひとつの工程を丁寧にこなしていく。急ぐでもなく、雑にするでもなく、その日初めて向き合う包丁と、時間をかけて折り合いをつけているように見えた。その横顔は、いつも見ている甘えん坊の「子ども」の顔とは、少し違って見えた。危なっかしさの中に、確かな集中力があった。ふと、この子はもうこんな顔ができるようになったのかと、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 

そうして小一時間ほどかけて、すべてのメニューが無事に完成した。指を切ることもなく、火加減で焦がすこともなく、レポートに必要な工程もひと通りやりきった娘の顔には、隠しきれない達成感がにじんでいた。エプロンを外しながら「疲れたー」とつぶやくその声にも、どこか誇らしさが混じっていたように思う。

 

食卓に並んだ料理を、家族みんなで囲んだ。正直に言うと、ナスの生姜焼きは味付けがやや薄く、生姜の風味も控えめだった。小松菜の味噌汁も、具がどこか寂しく感じられた。あの時「油揚げを入れておけば」と、心の中で少しだけ思ったのは内緒にしておく。それでも家族からの評判は上々で、「美味しいよ」「頑張ったね」という声が自然と食卓に飛び交った。味の完成度そのものより、初めて自分の手で一食を作り上げたという事実の方が、ずっと尊いものに思えた。薄味の生姜焼きも、具の少ない味噌汁も、今日という日だからこその味だった。

 

食事を終えて、私は軽い気持ちで「また作ってよ」と娘に頼んでみた。返ってきたのは、「疲れるから嫌」という、実に素っ気ない返事だった。少しがっかりしたけれど、同時に笑ってしまった。きっと娘にとって、あの日の調理は「やり遂げた達成感」と「思った以上に大変だった疲労感」が、同じくらいの重みで残っているのだろう。大人が想像する以上に、一食を作り上げるという行為は、体力も集中力も使う重労働なのだ。それを身をもって知ったからこその、あの素っ気ない返事だったのかもしれない。

 

味付けが薄かったことも、油揚げを拒否されたことも、「また作って」をあっさり断られたことも、今振り返ればどれも愛おしい記憶だ。娘はまだ、料理を「日常のもの」として受け入れてはいないのかもしれない。それでいい、とも思う。それでも、あの日確かに一人で台所に立ち、献立を考え、包丁を握り、味を決め、一食を作り上げた。その事実は、これからの娘の中に、きっと静かに、けれど確実に積み重なっていくのだと思う。

 

次に娘が自分から台所に立つのは、いつになるだろうか。もしかしたら、もうしばらく先かもしれない。それでも急かさず、焦らず、その日が自然にやってくるのを、楽しみに待とうと思う。こういう成長を見るのが親の醍醐味なのだ。親というものは子どもの何気ないことで幸せを感じられる。

Fable5を使い倒す!

Claude Fable5が復活!7月7日迄のお試し期間で限界まで使い倒す。

私は非エンジニアなので、様々な事に使える。スキルのブラッシュアップ。メモリ、ログの整理。pythonファイルの見直し。

使ってみた感じ、先に余り凄さは感じないのは、用途が違うからかも。AIの進化が2倍、4倍、8倍・・・となるのに、協業出来ないとどうなるのか?その差は同じく、2倍、4倍、8倍・・・となる筈?でもきっと殆どの人はそうならない。

でも、8倍、16倍、32倍となる人も出てくる。

これが、この先の未来絵図です。

7月7日以降は従量課金制らしいけど、そんなに凄いなら、使う人は使い倒すと思う。